ぱるてゅ でぃ あでゅ <つきのうらであいましょう>
今。

よふかしした翌日が眠くて仕方ない、ってなったりすれば、ゴミ出しそびれもする、友達に郵便を送るし、なんとなく、今。をいきる


ネガティヴなきもちは一切なしに、本当は早く死にたい。あしたにでも死んじゃえば、一切の、面倒なことを断ち切れる。でも私は、突然くるむごい死に方をしない気がする。わからないけど。歳をとるのは、きっとたのしいけど、きっと重い。いつかは死んで、それ以上でもそれ以下でもなく、むりはしない。うちはうち、よそはよそ。


さぼってないし、それなりに懸命にやってる。だれかがくちばしる親父ギャグにわりとウケたり、ふとしたときに会った生き物にきゅんとしたりする。でも誰かに優しくできないときもある。生きてる。生きてるだけだ。

すべてがものすごい勢いで、過去になる。


少し前までには感じていた虚しさも、ない、料理して、しっかり食べてるからだろう。いろんなルーティンが、きちんとまわってきたからだろう。


私は?

一体。

なぜ、あの苦しさから、抜け出したのだろう。苦しみに麻痺したのか。満たされているのか。変化こそが安定だ。と、頭ではわかっていても。

たぶんひとりっきりでは堕落していくだけだ。だから死を選ぶだろう。家族が好きじゃない。全く。家族のことを考えると心がほんのりざわめく。どうしてなんだろう。さびしがりやでひとりでいられない彼、嘘のつけない彼、を現在選択してるのは、やっぱり潜在意識が、死にたくない、って強く願うからだろうか。


私は、どうして、こんな、生きづらい


緩やかな窒息死だ、こんなの。窒息してるとも全然おもえない、とてもとても幸せにはちがいない。けど明らかに、窒息死にむかってる。

たったひとりで乗り込んだ、デンマークからフィンランド行きの飛行機、小さな座席と機内の匂い、あのときの感覚。ときどき起こる、ただ何か、突き動かされて泣きそうになるあの瞬間だけ集めて、ちゃんと生きられたらばいいのに。


そのときそのとき、夢中になる消費物をみつけて(長続きしない、飽きて次にいくスパンが早い)確かに、私は見つけようとしないでもみつけて生きている。自然だ。消費だ。


神様。

神様を実はどこかでうっすらと信じている。

人間は所詮水と肉と骨のかたまりだとおもっている。


今、幸せにはちがいない。

迎合がただ得意だった、へっちゃらで苦しかった私は  どこへいってしまったんだろう。今は、絵が描けない、少し、いろんなことを、諦めている私だ。

手放すと諦めるはどう違うのだろう。




追記。

手仕事まっっったく飽きない。今の仕事はじめてもう1年たった。早い。びっくり。器用さ不器用さとか、向上心があるかどうかは隅に置いておいて、うまくいかないとやり方を変えてみようって素直だし、完璧にできるようになったと思うまでまだずっとかかりそうだと思うけどそれは苦痛でないし、まじで超向いてるんだなと思う。今の問題は、働く仲間(悪いひとたちじゃないけど)くらいかしら。

欲をいうなら、もう少しバリエーションを増やしたいかな。この視点で考えてみる。手仕事と、料理。

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